イグザクトリィ。それは、全く精巧に組み立てられた存在だった。
どのように形容するかは見る者によって異なる。
ある者は慄然と微笑み続ける人形だと言う。ある者は物憂い視線を侍らせる機械だと言う。ある者は神々の歌を借りて在らしめられた幻影だと言い、ある者は思い出の中の死者を寄せ集めたものだと言う。
ただ同じなのは、イグザクトリィを初めて目にした時の反応。皆一様に言葉を失い、暫くの間魅入り、所有者の皮肉めいた視線をたっぷりと受けてのち、ようやく息つくことを思い出すのである。そうして己の声音が夢見心地なのを承知しつつ、目の前の所有者がいけ好かない商談相手であることを承知しつつ、なおも問い掛けようとし――改めて、それを形容する言葉の虚ろさにたじろぐのであった。
イグザクトリィ、その名の如く全く精巧に緻密に図られた存在は、ひとの形を取っていた。12、3歳だろうか。ほっそりとした手足、青灰色のショートボブ、同色の長い睫毛に縁取られた菫色の瞳。靴も装飾品も好まない。肌の色は紙ほどに白いが、身にまとわれた簡素な絹衣のように輝く光沢は持たない。夜更けから午前中にかけて眠る生活や、住まいを覆う森の鬱蒼とした影もあってだろうか。寒色でまとめられた色素と呼応するかのように、やや灰味がかった、沈んだ薄緑色をその肌に従える。それが、イグザクトリィという存在の不気味さと神秘さをいや増していた。やや女性的な、ひどく整った顔立ちをしていたが、その表情はあまり動くことは無かった。いつもどこか遠くを眺めるような目つきで、所有者の男の傍らに立っていた。ときに、男の執務室を訪れた客人に茶を出し、書類と朱肉を差し出す。言葉なきが故に備わる優雅な仕草で。彼は話さない。客人からどのような卑猥な言葉を投げかけられようと、所有者にいたぶられた客人がどれだけ声を荒げ、苦悶の表情を浮かべていようとも。ただ、物憂い冷たさでまなざしを注ぐのみ。
だが主が何かを申し付けた時のみ、実に簡潔な一言でもって人間であることの証明を告げるのだ。
「イエス,イグザクトリィ。」
その、淑やかに慈愛を含んだ低音。
妖艶というよりは、母のような。
さぞかし高い買い物だったでしょう。取引を持ちかけるために訪れたはずの客人は、自分の口ぶりに卑しい媚態が加わることを厭えない。そして主のわずかな微笑と仕草によってもう、己が価値を認めているものの莫大さを知らされるのである。
事実、所有者の男は村一つ分の存続権と引き換えにイグザクトリィを手に入れた。
彼はまだ30代の独り者であり、いかにも一筋縄でゆかない印象を与える含み笑いを浮かべて客人を迎える男だった。多く重厚な執務机を挟んで対面し、奥の応接間に通される者は少なかった。実力を正確に見せつけることで、より"適切な"規模の駆け引きを生ずるべく、慇懃無礼な態度を惜しみなく示す男であった。細面に銀縁の眼鏡は彼の理知的な顔立ちをよりシャープに見せていたが、必要に応じて驚くほどの愛嬌をも浮かべられる男であった。友人というものを好まない男でもあった。容赦なく切れ者ぶりを発揮する彼は大陸間貿易と金貸しの両方で比類なき成功を収めていた。その昔、神竜が創ったと言われる「始祖の森」の奥深くでひっそりと暮らしていた、暗殺者集団の一村を見つけ出し"援助"し、結果的に財政を破綻させてしまえるほどに。ライフラインの断絶という仕打ちの前に、自らが培ってきた技術が全く通用しない事を思い知らされた古酋長は、倒れゆく木 塞がれゆく道、濁りゆく川を背に、震える腕で村最後の作品を差し出したのであった。
そう、イグザクトリィは来訪者を圧倒する人形であり、主の申し付けを正確にこなす奴隷であり、そして何より、殺人者であった。
主の男は実に巧いイグザクトリィの使い手である。例えば、商売敵。相手の家計図を前に、主は簡潔かつ正確な言葉で指令を与える。夜を誘い込む窓辺に残された虚ろな「イエス、イグザクトリィ」。玄関というものを知らんのかと主が珍しく苦笑を浮かべる間に、窓から身をすべらせたイグザクトリィはもう、目的地へ辿り着くだろう。するりと忍び込むは商売敵の、心の拠り所となっている叔父の書斎。刃渡り14センチ幅2センチの鋭利な刃物でもって、イグザクトリィはためらいなく見知らぬ相手の心臓をえぐる。くすんだ白の手足、青灰色のショートボブ、菫色の双眸、微動だにしない表情で。あまりの手際に、駆けつけた警護のものは言葉を半ば失い、ただ一言のみを引きずり出される。
「お前は、あの……!」
返される甘美な響きは無論、イエス・イグザクトリィ。
警察機構さえも巻き込んだ大富豪であるから、主の糾弾には及ばない。わざわざ暗殺を用いるのは、ひとえに彼の性向である。
この、禍々しき二人。
傍らに居るだけで見る者を魅了し、心惑わし、屈服感を生起させ、主に有利な契約を導く存在、イグザクトリィ。美しい肢体、美しい所作、月の夜、美しい庭に舞う、イグザクトリィ。
対峙するだけで胸糞悪いまでの抜け目の無さを感じさせる、皮肉めいた微笑、撫でつけた黒髪、趣味のよい貴族風衣装に身を包んだ名高き奇才、森の館の主。
時に抑えの効かぬ輩が主の目を盗んで――いや、この性悪の主はわざとイグザクトリィを放置するのである、滴る蜜のように――彼の細い体を無理矢理押し倒そうと試みることがあったが、そうした時こそ、最もイグザクトリィの手足が滑らかに舞う事態であった。はだけられた白い衣服に覆いかぶさる凶漢の背中を、何度も、何度も、必要以上に、赤い飛沫は跳ね回る。だらりと力を失った腕は、既にあらぬ方向に捻じ曲げられていた。
「おいで。」
一日の終わり、なみなみと月光が降り注ぐ庭池のほとり。広大な庭をめぐる水面と、庭木の葉だけが控えめに照り返す空間。青黒い闇が落ちるなかデッキチェアにくつろいだ主は、漆黒に浮き上がるようにほっそりとした存在を呼ぶ。ひたひたと、虚ろな表情で現れる白。そこらじゅう血にまみれたその細い体を優しげな微笑で眺めると、主は首筋から鎖骨にかけて軽く口付けする。洩らされるかすれた声、しなだれかかる強靱な手足、欲望をたぎらせるあまりにとろけゆく菫の瞳。くちびるを、耳たぶを、他の誰一人としてまみえることのなかった胸の突起を、思うがままについばむ主。甘美な背徳のひととき。池のほとりに咲いた百合の花が、音もなく香りを漂わせる。
イグザクトリィ。その精緻な存在と一つになりながら、イグザクトリィ、永遠に。ささやきが重ねられるほど、幻惑のような白く細い腰はゆっくりと震える。
始祖の森に構えられた館の庭で、主は毎夜、神も恐れぬ己の傲慢さに満足げな吐息を洩らすのだった。